あっさり。からの、すんなり。

2018.11.05 Monday

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    久し振りにうちのFAMILY HISTORY続きの続き。

     

    2年前の祖父母の祖先を辿った時と決定的に違うのは…

    ・時代が近いと言う点

    ・そしてごく一般人であると言う点

     

    2年前の時は戦国武将の末裔やら、

    徳川家の家臣やら江戸時代を代表する芸術家やらが登場しました。

    明治天皇に軍帽を謹上していたお方も出てきましたな。

     

     

    さて前回では現住所が判明したところまで書きました。

     

     

    ■出生地判明!

    現住所が判明し早速検索googlemapで検索してみる。

     

    0.04秒でヒット・・・ストリートビューにしてみる。

    やっぱりネットって便利やねf^^;

     

    当時の建物ではないだろうけど田圃の中にポツリと一軒だけ立派なお屋敷が建っていた。

     

    そしてお世辞にもあてにならなかった伯父さん唯一の当時の記憶、

    【川の近くに住んでいた】証言にも合致する川がすぐ横に流れている。

     

    少なからず64年前に婆ちゃんが住んでオカンが生まれた場所が判明。

    普通の人なら15分くらいで調べられそうな事を三日もかかった。

     

    オカンの話だと「当時は極貧で間借りして住んでた」と言うことなので、

    多分、この立派なお屋敷に住み込み女中みたいな感じだったのかなぁとこの時は想像していた。

     

     

    ■祖父が歩いただろう道のり

    出生地が判明し村役場跡も分かっているので、

    googleでルート検索をしてみる。

     

    当時とは道路も違うし、元々のあった道ではないかも知れないけど、

    村役場までは徒歩20分の距離。

    周囲には田圃が多いので畦道を祖父は歩いたんだろうと想像できる。

     

    どんな気持ちで歩いたんだろうか…婆ちゃんも一緒に行ったのか…

    何かのついでだったのか…出生届けだけで村役場方面に行ったのか…

    誰かの車に乗せてもらったのか…バイクだったのか…

     

    そんな事は分からないし知ってる人がいるとは思えないけど、

    肝心な伯父さんの記憶はやはりない。

     

     

    ■訪れようと決める。

    住所が判明してもしなくても、高梁市には行く予定やし

    村役場跡くらい見ようと思ってたので有漢町には訪れる気ではいたけど、

    現住所が判明しそこに今住んでる方がいるので迷惑を省みず、

    何か当時の事を知るヒントになればと訪れてみようと思う。

     

    無視されて当然。「知るかボケ」と言われて当然。

    それでも婆ちゃんの足跡を少しでも知れたら…。

     

     

    今日はここまで。次回は大分のお話。では。