ようやく?

2018.01.25 Thursday

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    20日くらい経ったので何を書こうか忘れたけど…。

     

    東京散策 史跡巡りのお話。

     

    前回は勝海舟生誕の地”ついで”に行ったところのお話指

     

    今回も急に決めたっちゃ決めた。大体この年明け東京旅行自体が急笑顔

     

    柴又巡りの翌日。

    九段下に行きたかったのと、その後の最終目的地が新宿と言う事もあり、

    赤坂方面から回ろうか、東京方面から回るかで悩んだ挙句、

    パワースポットとされている首塚に行こうと言う事で東京回りを決定。

     

    とりあえず写真

     

    左が入口。右が慰霊碑。

    他人様が映ってない画が欲しかってんけど中々人が絶えなかったので土下座

     

    平将門が京都で処刑され、晒された首がこの地まで飛んできたと言う伝説があり、

    工事で取り壊そうとして関係者が亡くなったりと数々のエピソードがある場所。

    まぁ詳しくはWikipedeiaを見てちょーだい。

     

    ここも昔から行こうと思いつつ…って東京にはそう思って行って無い所が多い汗

    と思いつつ他も考えてみると京都なんて殆ど散策していない気がする汗

     

    と、年明け早々パワースポットに行ったしお御籤も大吉やったし縁起が良いねグー

     

     

    で、その前に寄ったのがこないだの東京駅

     

    さらにその前が↓↓

     

     

    東京駅の八重洲口から徒歩7,8分?にある【千葉定吉道場跡】

     

    簡単に言うと坂本龍馬が北辰一刀流の修行するのにお世話になった道場。

    目と鼻の先に土佐藩上屋敷(現:国際フォーラム)があったし近場っちゃ近場。

     

    漫画『るろうに剣心』の神谷薫が、定吉の長女で坂本龍馬の恋人とされた千葉佐奈が

    モデルと言われているので自動的に【神谷道場】のモデルとなった場所とでも言いましょうか?

     

    まぁ作者の和月氏が神谷道場の場所は文京区本郷あたりって発言をしてるので、

    この千葉定吉道場がモデルなのかは僕の妄想。

     

    文京区本郷って言うと東京ドームの近くなので…ここからだと電車で20分。

    まぁ場所=モデルではないから、薫殿のモデルが千葉佐奈ならやはり定吉道場がモデルでしょ?

     

     

    えーと僕の中で千葉定吉のイメージは・・

    1996年コメディドラマ『竜馬におまかせ』で演じた伊東四朗のコミカルな感じ。

     

    実際は江戸三大道場の一つ、玄武館の創始者の千葉周作を兄に持つ剣術家。

    そう考えると1997年のスペシャルドラマ『竜馬がゆく』の松本幸四郎がイメージかなw

     

    福山雅治主演の『龍馬伝』では里見幸太郎が演じておりましたか…。

    『水戸黄門』で長らく水戸光圀公、黄門様を5代目に演じたお方。

    今なら『リーガル・ハイ』の古美門事務所の服部役の方が分かり易いかw

     

     

     

    散らかりはじめたのでこの辺りで締めますが…

     

     

    今回、史跡を改めて調べていたら東京都内だけでも1,2日じゃ行ききれないね。。

    明治維新後重要な赤坂周辺もまだ行ってないし。。

     

    そう思うと次回東京行く楽しみが増えて仕方が無いし住んでる時に…と改めて後悔。

     

    近いし…とか、

    いつでも…とか、

    って考えはやはり長い目で見れは損害でしかないな。

     

    そんな事を再度学んだ東京散策 史跡巡りの話しはこれで終わり。

     

    ではバイバイ

    ついでと言えば失礼やけど。。

    2018.01.18 Thursday

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      東京が便利やなぁと思えるところの一つとして、

      あらゆるところに周辺地図がある。

       

      まぁスマホでみりゃ良いんやけど・・・より細かい事が記載されている。

       

      さすがにこのご時世、個人宅までは記載されていないけど、

      自分が行きたい史跡だったりが載っているので僕は重宝しているし、

      近くの史跡を発見できるからなお良い

       

      ネットやとピンポイントで検索するのは早いけど、

      その分、幅は狭くなる様な気がするし実際そうやと思っている。

       

      今回はその周辺地図で発見した史跡を駆け足で…。

       

      まず…前回の『勝海舟 生誕の地』と目の鼻の先にあった

       

      ■吉良上野介屋敷跡

       

       

      赤穂浪士四十七士が討ち入りをしたのがまさにこの場所!!!

      と、言いながら全く興味が無いので画像だけ…。

       

      ここと勝海舟生誕の地の間にあるのが…

       

      ■芥川龍之介 文学碑

       

      何か少年期から青年期を過ごしたらしいです。

      『蜘蛛の糸』とか『羅生門』とか…

      文学とは無縁なもんで画像すらございません汗

       

       

      両国から場所を移して…武道館のある九段下にあるのは…

       

       

      ■アーネスト・サトウゆかりの武田邸跡

       

       

      幕末・明治時代に通訳・大使などで活躍したイギリス人の邸宅跡。

      法政大学関連施設に石碑だけたってる。

       

      少しがっかりはしたけど、詳しく知りたい場合は下関の旧英国領事館って

      立派な建物があるのでそっちの方が良いかな汗

       

      そこから徒歩十分くらい、武道館・千鳥ヶ淵にあるのが、

      大河ドラマ『西郷どん』終盤で重要な人物になるであろう、

       

      ■山縣有朋邸庭園跡

      第三代、九代の総理大臣で長州藩士。松下村塾塾生・騎兵隊。

      それくらいしか知らず…幕末と言うか明治維新後に活躍したイメージ。

       

      農林水産省管轄の敷地内にあると思われ写真は撮れず…。

       

      正直そこまで興味が無いけど・・・

      上に書いた様に『西郷どん』で重要な役割を果たすと安易に予想されるので寄ってみた。

       

      で、庭園跡側、千鳥ヶ淵から見た武道館↓

       

      中央に玉ねぎが見えてるでしょww

       

      ↓は反対側から見た逆光の武道館。

       

       

      まぁそんな感じの九段下周辺の史跡巡りの話しでした。ではバイバイ

      久し振りに史跡巡り。

      2018.01.16 Tuesday

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        こう言う形で散策するのはいつ振りやったかな…

         

        調べてみると・・・

         

        2016年2月に東京で訪れてるけど偶然と言うか、そない興味ないので、

        更に遡ってみると2014年6月に久能山東照宮の家康のお墓。

        これも自らの意思で言った訳でもないのでさらに遡る…。

        2012年2月に高知県土佐清水市のジョン・万次郎像を訪れてる。

        けどこれも史跡かと言うと少し違うのでまだまだ遡る。

        同じく2012年2月に旧岩崎庭園を訪れてるからこれ振りかなぁ。

         

        と、言うか自分が求めていたものが中々出てこないから遡ってみたけど、

        疲れたので言うと【生誕の地】を訪れた所を見つけたかったの…汗

         

        んで何故かと言うと…念願の【勝海舟 生誕の地】を訪れたからピース

         

        blog上で確認できたのは2011年11月の高杉晋作木戸孝充やね。

        7年も前か…全然散策してなかったねぇw

         

        と、言うか幕末にしか興味が無いのでこんな感じですなぁ。

         

        これまでに生誕地で行ったのは…

         

        坂本龍馬は勿論、山内容堂後藤象二郎板垣退助岩崎弥太郎・中岡慎太郎・

        近藤勇西郷隆盛大久保利通

         

         

        生誕地とは違うけど…

        松下村塾跡グラバー庭園武市半平太邸宅跡徳川慶喜終焉の地岡田以蔵の墓

        旧英国領事館跡(下関)亀山社中跡・寺田屋・近江屋跡など。

         

        龍馬からの派生やから有名どころしか訪れてないなぁ。。。

         

        と、言うか龍馬、慎太郎生誕地と寺田や近江屋跡はblogに無かったなぁ汗

         

        あっ勝海舟のお話。

        東京に住んでる当時から行こうと思いつつ、

        両国に行く事が無かったので放置してたところです。

         

        何をした人かと言うと…ウィキペディアを見てちょーだい笑顔

         

        色んな人がドラマで映画で演じたけど僕が観た限りでは

        大河ドラマ『新撰組!!』での野田秀樹とドラマ『JIN -仁-』での小日向文世が好き。

         

        『龍馬伝』の武田鉄也も嫌いではないけど、勝海舟のイメージではないのでw

         

        少しそれたけど…とりあえず画像だけ。

         

         

        両国公園の敷地内の一角にある生誕地のコーナー。

        年表とかあってそれなりに勉強できる横で子供らがボール遊びをしている。

        その横で一人写真を撮ってる僕顔顔顔

         

        まだまだ探せばマニアックなところも東京にはあろうから、

        次回上京した時は訪れたいね。

         

        とりあえず以上。ではバイバイ

        龍馬の言葉。

        2017.02.24 Friday

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          久し振りに坂本龍馬の話。と言うか残したと思われる名言で好きな言葉を一つ。

           

           

          【時勢に応じて自分を変革しろ】

           

           

          簡単に言うと臨機応変てな感じかいな?

           

          年代が変われば流れも変わるし、やり方で合わなくなっていく、

          それを見極めて、そこに自分を合わす努力をしないと…とは常に思うよね。

           

          たまに「あの人は変わった」的な批判めいた言葉を耳にするけど、

          どう変わったかにもよるし、それは置いておいて僕に褒め言葉と受け止める。

           

          むしろこれを言う人間こそが「変われない」言葉を置き換えると成長しない人。

          と、言える。

          他人の事を偉そうに言う前に自分の言動を省みないとね。

          全ての原因は自らにあると俺は考えるから、皆互いにそう思えれば良いのにね。

          置かれた状況・処遇すべては自ら発した事が原因と早くに気付くべき。

          僕はいつも書く様に23,4歳の時にひー様と出会えた事が大きく変えた。

           

           

          勿論、変えてはいけないモノや変えられないモノがある事も承知。

          その中で、時々に合わせた感覚を持ち続けたいと強く思うし、

          そうじゃない人とは関わらん様にしているし自然と同じ様な人が残るよね。

           

          変えなかったから15年続いてるとも言えるし、変わったから15年続いてるとも言える。

           

          こうなってくるとあとは結果で判断するしかない。

           

           

          この言葉とセットで大事にしているのは、昔blogに書いたかな?

           

          【鳥の目・魚の目・虫の目】

           

          詳細は省くけど、この3つの目を常に開いて備えないと、

          変化に対応できないし、自ら変える事も出来ない。

          結局は他人に左右される生活しか送れない気がする。

           

           

          なーんて、キャラに無い事をそれっぽい事を書いてみました。

           

          ではバイバイ

          まとめると・・・。

          2016.07.30 Saturday

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            さーて。
            全ての祖先の血筋をまとめ分析した俺は・・・。


            戦国武将と超有名な将軍家に仕えた家臣、
            さらに江戸・明治を代表する浮世絵師の血が混ざっており、
            それぞれ凄い人たちの血が、俺が俺がと手を挙げるもの


            ダチョウ倶楽部みたく「どうぞどうぞ」と遠慮し合って、
            その隙に「じゃ俺が」と言わんばかりに岡山の山奥の留五郎が
            出てきてその血を一番濃く受け継いだ平々凡々と暮らす一般人。


            このシリーズ通して共通するのは俺って惜しいよね。

            しかし祖先があっての今なのでやはり感謝はしないとね。




            父方の祖母の方の家系図には名前の横に注釈が書いてあって、
            いつ何をした人とか、どう言う人物だったかを書いてあったんやけど、
            家系図の俺の注釈には・・・・・


            1983年生〜2100年没

            何か惜しかった生涯。


            と記載してもらおう(笑)



            かなりの時代を遡り、時間をかけたこのシリーズの最後を締めくくる言葉が


            何か惜しい。



            祖先に怒られるわびっくり


            他人からしたら物凄くどうでも良い関係の無い事なんやけど、
            久し振りに深く調べた達成感が今回はある(笑)

            他に労力を使わないといけないんやけど、誰が入っているからわからずに
            お墓参りするより想いながら手を合わせた方がより良い気がして、
            何か清々しい気持ちになった。ってのが今回のまとめ。

            物凄く楽しかった(笑)



            最後に浮世絵師の芸術的センスの血が流れている僕が、
            昔ペイントで書いた『ヨーダ』と『ジャイアント馬場』の絵でお別れです。

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             


             

             

             


            やっぱり留五郎さんの血筋やね(笑)

            ではまたバイバイ

            家臣なのか過信なのか

            2016.07.24 Sunday

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              父方の祖母側のFAMILY HISTORY続きの続き。

              『雲孫』って読めました?うんそんって読むみたいですよ!

              32年間生きてきて初めて見た単語です(笑)

              周りの人が「俺○○の雲孫やねん」とか「あの芸能人は○○の雲孫やで」とか
              言わないところをみると、声を大にして「関係ねーーーーー」と言える。

              繰り返しにはなるけど、僕自身「だから?」って本当に思っております。
              歴史好きと凝り性って事だけで調べております。


              さて前回祖母の一人の祖先はわかりました。

              もう一人の方の武士と言われている方。

              祖先に大変失礼なんやけど、個人的にはこちらの方が気になる。

              江戸時代に生きた武士であること、ネット検索をしても出てこない点、
              信憑性も含めて大変興味深い。

              武士とは言えども、何千人、何万人ともいたやろうし、後世に名を残した武士などごく一部。
              ただ気になるのが『家臣』のキーワード。やはり何が何でも調べたい(笑)

              ネットに出てこないと言う事は・・・・また関連の博物館に頼るしかないのか・・・・。


              続く・・・・バイバイ

              雲孫は他人でしょ?

              2016.07.17 Sunday

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                父方の祖母側のFAMILY HISTORYの続き。


                結局父方の祖母の祖先がどんな凄い人物であっても今の僕には全く関係もなく。
                何か変わる訳ではないけど、歴史好きでたまたま身近な人物って事だけで調べております。

                戸籍上親類って事もあるけど、今回はあくまでも血筋だけでみた場合のお話。


                とりあえず・・・

                昔、祖母から「武家の出」と「絵描き」やったと聞いた記憶から、
                勝手に元武士の絵描きさんが先祖なのかと思っておりました。

                今回わかったことは、

                武家の出と絵描きさんが全くの別人である事。
                前者の方はそこそこの武家屋敷出身であると言う事。
                後者の方はWlikipediaに載っていると言う事。


                後者の方から見たら僕は雲孫。初代から見ると雲孫のまだ孫にあたるのかな?

                雲孫って
                初めて聞いたわ(笑)

                字のごとく遠い存在って言う事(笑)



                前者・後者ともにしっかりと家系図が残っているところに家柄を伺える・・・。

                ただ前回書いた様に辿れば辿るほど嫁いでいる方なので
                本家とはかけ離れているのが僕の惜しいところ(笑)


                ちなみに、後者の本家の末裔、初代から見ると仍孫か雲孫の方は現在78歳。
                今も九代目として第一線でご活躍されておられます。


                「この人親戚のおばちゃんやねん」


                と言える程近くないので全くの他人さんです(笑)
                父方の祖母でようやく六従兄弟くらいですかね?


                重ね重ね俺って惜しい(笑)


                前者の方が謎で気になっている。
                家系図の注釈に書いている文章の中で気になる『家臣』『学校設立』の文字。


                ワクワクしてきた(笑)

                ではまた来週バイバイ

                昔切手を集めていたかな(笑)

                2016.07.10 Sunday

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                  どうもこんにちは。こんばんは。

                  5月のうちのFAMILY HISTORYではモヤッとさせてしまいました・・。

                  予告通り、今度は父方の方です。

                  ちなみに今回も結論は言わないので真剣に読んだらモヤってしますよ(笑)


                  これはあっさり家系図が出てきたので結論は出ておりますが・・・


                  父方の祖父の祖先で言うと、先祖の名前が留五郎さんでその息子に辰二郎さんがいます。
                  僕から見てひいが何個かつくお爺さんで全くの一般人だったと思われるので、
                  そこまで詳しくは調べておりませんが、祖父が9人兄弟やったか5人兄弟やったか、
                  家系図が少しわかりにくく家族で意見が分かれております(笑)


                  っで以前、少し触れた父方の祖母の方はと言いますと・・・・。

                  こちらの血筋だけ辿れば、自分の中では結構凄い人物に辿りつきました。。。

                  一人は一般的にもその世界では有名で博覧会開くレベル。
                  もう一人は僕の好きな幕末に生きた人物で武士。

                  残念なのは女性で嫁いでいる子孫なので本家とはほぼほぼ関係なくなっていると言う事。


                  何かいつも惜しいのよねぇ。俺の人生・・・ガックリ


                  と、言うかこの方法で遡れば誰しもが有名人にぶち当たるんではないでしょうか?


                  今回は江戸中期〜明治、現代と近い時代の人物なので信憑性があるのかなぁと思っております。


                  結論は絶対は言いませんが、無駄にシリーズです(笑)

                  続く・・・バイバイ

                  大殿様の為、土佐藩の為

                  2016.05.26 Thursday

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                    武市半平太がこのセリフを吐いたかは知りませんが、
                    こう思いながら『土佐勤王等』を立ち上げ活動したのは間違いない。

                    今となれば、龍馬に関連する人物の中ではかなり好きな人物と思えるし、
                    実際高知県の年配の方に聞いても、地元では半平太の方が
                    人気が高いって言うのも伺える。


                    何故なんでしょうか?


                    俺はいつもこう言う疑問を見つけては自分なりに分析してみる。
                    合ってるか、間違っているかはわかりません。が、
                    どっちの視点、この場合は好き・嫌いであったり、龍馬・半平太で
                    限りなく妄想・想像してみる。何かの訓練になるかもって思うから。


                    好かれる理由ってのは・・・順番が違うかも知れないけど、
                    1.報われなかった事。
                     あれだけ土佐藩を思っての行動にも関わらず反逆罪的に切腹させられた。
                    2.文武両道で強いリーダーシップ
                     剣の腕もたち、誰よりも勉強家で意思を貫こうとした姿勢。

                    嫌われた理由・・・・
                    正直、武市半平太を嫌いって言う人に会った事がないので、
                    実際いるのかはわかりませんが、大殿様である山内容堂には結局嫌われてしまった。

                    1.恩着せがましく思われた。
                     土佐藩の為、大殿様の為と言動に出て「お前は何様じゃ」ってなったんかなぁと。
                    2.強引さ。
                     自分の意思を通すために人を殺めさせたり。弾圧したり。

                    大きくこんな感じかな?どっちも同じ事なんやけど表裏一体って事やね。

                    結局、本当のリーダーである山内容堂には切腹させられたんであれば、
                    大殿様の為にも土佐藩の為にもなってなかったって事か。。

                    客観的に自分を見る目ってのが無かった、またはそんな暇もなく尽くした。


                    よくblogに自分に言い聞かせる様に書いている勝海舟の言葉。
                    解釈が分かれるところでもあるけど、どっちも正解である。
                    強気に思えた人は謙虚に。謙虚になった人は自信を持って。
                    そう言っている気がする。

                    『行は我にあり毀誉(きよ)は他人にある』

                    この言葉を半平太が聞いたなら、龍馬みたいにフラットに物事を考えられたら、
                    この言葉の意味が分からない俺には、たらればを語る資格なし(笑)

                    やっぱり幕末が好き。ってお話バイバイ

                    高知に行かなくちゃ車煙

                    内館牧子って言う脚本家。

                    2016.05.25 Wednesday

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                      さて長らく引っ張り無駄にシリーズ化したうちのFAMILY HISTORYですが・・・・。

                      今回がいよいよ最終回。


                      おさらいでもしときます?

                      2016年04月20日 FAMILY HISTORY
                      2016年04月27日 就縛されてはいないが虜
                      2016年05月04日 元はと言うと凝り性
                      2016年05月11日 利己主義な僕。
                      2016年05月18日 毛が抜けそう・・・。

                      今回を入れて6週に渡ってダラダラと引っ張りました(笑)

                      3本くらいで終らせても良かったのですがね・・・。


                      思えば単純にNHKの番組『FAMILY HISTORY』が面白いよー。
                      って書いたblogが、我が家のルーツの話になり意地になって調べてここまで来ましたね(笑)


                      さだ、改め、むだって言葉が似合うくらい、
                      無駄に色々調べては仮設を立て、調べてはの繰り返しでございました。





                      さて結論が出ました。








                      僕の胸に秘めて、四回忌を迎える祖母にだけ報告します。


                      なーんて意味不明な事をほざいておりますが・・・・。





                      結果よりも大切な物があるんですよ。


                      と、引き続き寝ぼけた顔で寝ぼけた事をほざいておりますが・・・・。




                      テレビ番組でこんな事をしたら大クレームやな(笑)



                      でも自分の中では良かったかなぁと思う。
                      って言うかかなり昔にこの戦国武将の事blogに書いてあるし顔


                      それもこれも某博物館の館長代理の方のご尽力のお陰でございます。

                      突然、しかもメールで突拍子の無い事を送付したにも関わらず、
                      ご丁寧にかつ迅速にお調べ頂き誠にありがとうございました。




                      夏前に連休でもあればお礼を兼ねて伺おうかな。
                      ついでに井上さんに会って飯くらい奢らせても良いし(笑)




                      さて良い機会なのでチームの皆さんはこれから「殿」と呼びなさいバカ殿バカ殿




                      誰がバカ殿やねん!?





                      興味を持って見て頂いていた方は、しょうもない幕引きにモヤっとされているかも知れません。
                      お付き合い頂き誠にありがとうございました。

                      次は父方の祖母の方を改めて調べようかと思っているので、またお会いしましょう(笑)